1年間ホームレスをしてみた備忘録

2022年の夏から2023年の秋口まで、住所不定無定職のホームレスをしていた。
今更だけど備忘録として、その時思ったことを残しておく。

ホームレスについて

ホームレスと言っても、お付き合いしている方が東京在住なのでそこにしばらく滞在する時もあった。相手方のメンタルの都合上あまり東京近郊を離れられない時もあったが、計20~30の都市を旅した。

行ったところ

イタリア/フィンランド/スウェーデン/ノルウェー/デンマーク/エストニア/タイ/マレーシア/沖縄/石川(金沢)/岡山/兵庫(神戸)/福岡/山梨(上野原)/長野(蓼科)/神奈川(鎌倉,横須賀,清川,箱根)/山口(下関)etc…

大体1つの都市に1週間〜2週間程度滞在して、飽きたら移動したり東京に戻っていた。

1週間未満の滞在も含めたらもっと多い。沖縄のうるま市は良すぎて3週間くらいいた。

海外に行くときは行きのチケットと数日の宿を取って、あとは現地についてから次はどこに行くかを決めていた。現地で2~3日後に行く国や観光地や宿や飛行機を決めて手配するのは、とても気軽ではあったがなかなか心労も大きかった。直前だから行きたい宿は空いてなかったり、飛行機は通常の倍の値段したり。

海外を、特にヨーロッパをもっと回ろうと思っていたのだけど、途中でめちゃくちゃ疲れた&満足して帰っちゃった。アムステルダムの飾り窓地区やクロアチアの魔女の宅急便の街並みやマルタ島や南仏の裸の村には行きたかったな。また行こっと

仕事

仕事は大体週3~5日程度していたと思う。忙しいタイミングはそれなりに仕事していたし、暇な時は週3も稼働していなかったと思う。特に北欧を回っていたときは街が楽しすぎて仕事どころではなかった。

エンジニアという仕事柄、会議は少ない方だが、それでもちょくちょくあるしクライアントからの問い合わせや本番公開作業もあるので、そういった作業は全て日本時間の午後に調整していた。日本時間が14時ならヨーロッパは7時か8時なので、少し早く起きれば問題なく作業できた。もっと時差の問題に苦しむかと思っていたが、一緒に仕事をしているメンバーの多大な理解もあって、特に問題は起こらなかったように思う。むしろ、時差による日本時間の早朝/深夜リリースができることが強みにもなっているということや、(自分は特に優秀とは思わないが)優秀な方と働けるなら時差のあるメンバーとの時差都合も加味した仕事の仕方を取り入れるべき、という言葉を頂けたことはとてもありがたかった。

宿

使っていたサービスは、

  • ADDress
  • hafh
  • airbnb
  • その他ホテル宿泊サイト

日本にいるときは主にADDressを使っていた。日本全国のADDressに登録してある宿に月額4.4万円で泊まり放題(今は違う)で、箱根の山奥のペンションには5日くらいの予定だったけど2週間ほど滞在していた。どれだけ滞在しても料金変わらないのはお財布の面でありがたかったな。直前予約もできたし。泊まる宿には家守という家主がいたり別の宿泊者がいたりして、初対面の人と時には朝まで飲んだり、80歳越えの写真家のおじいちゃんと1日中ドライブデートでカフェに行ったりソフトクリーム食べたりした。清川の宿では知らんおっさんが毎日晩御飯を作ってくれたり、鎌倉の宿では夜遅くまで4人で結婚や仕事感について話したり、箱根の宿では心理カウンセラーのおばさまと海外生活の長い外資勤めのおばさまとシャンパンを何本も開けて朝まで飲んだのがすごく思い出深い。さとみさんかおりさん元気かな。

海外ではもっぱらairbnbばかり使っていた。長期で泊まるにはコスパいいし、しっかりデスクとWifiがあるからいいんだよね。

ビジネスホテルに滞在してることもあったけど、品川のホテルで人生初の幽霊を見てからちょっと怖くなってしまった笑 深夜のホテルの部屋で、ランドセル背負ってる子供が水筒でお水を飲んでいてめちゃくちゃびっくりした。

 

思うこと

夢に焦がれることは、してみた方がいい  

あれしてみたい、これしてみたい、とそれなりに強く願うことがあるなら、絶対にしてみた方がいい。自戒も込めて、絶対に。

自分は、エンジニアになると決めた24歳くらいの時から、漠然と世界中旅しながら働いてみたいと思っていた。夢と呼べるほど強烈に焦がれていたわけではないし、おそらく他のちょっと旅行好きの人がなんとなくやってみたいと思っているくらいの強さだと思うが、いつしかそれが自分のキャリアの成りたい状態のゴールになっていた。

そして、仕事のコントロールやお金に少し余裕が出てきて、かつプライベートの大きな変化もあり「ここだ」というタイミングがやってきたので、国内やヨーロッパやアジアを旅しながらそこそこ長期で仕事をしてみた。が、思っていたのとはだいぶ違った。

仕事に関して言えば、なかなかきつかった。

まず作業環境。自宅があったときは34インチのウルトラワイドモニターと21インチのサイドモニターとMacBookの3モニターで仕事をしているが、さすがに34インチのディスプレイは飛行機には乗せられないので、21インチのモニターとMacBookの2台で仕事していたが、コードを書く効率は落ちてしまったと思う。もしかしたらそれほど変わらなかったのかもしれないが、自宅に比べ「万全の状態でプログラミングができていない」ということにだいぶストレスを感じた。

また、仕事ができるデスクとwifiがある個室の宿を選んでいたが、それでもデスク環境はまちまちだった。中には狭いテーブルと粗悪な椅子の宿もあり、そこで長時間仕事をするのに集中できない時があった。照明が暗くて目が疲れてしまうこともあったし、突然の停電でwifiが使えない時もあった。

泊まる宿も、短い時では数日で移動していたので、そのお家に馴染めない時やうまく寝れない日なんかは全然コードが書けなくて、いつもの20~30%くらいしか脳が動いてないと感じる時もあった。普段なら1時間程度で解消できたくらいのバグが、丸一日かかったりした。

また、1ヶ月以上海外を転々と移動するのは、思ったよりもしんどい部分があった。自分は住居に関してはそこまで刺激を求めていないみたい。自分の馴染みのある落ち着いた場所で毎晩ゆっくりしたい。10日程度なら耐えられるのだけど、宿を変え続ける生活を1ヶ月以上行うのはどうにも落ち着かずストレスが溜まっていった。ベットも毎週違うわけで、マットレスの硬さや狭さの違いが気になったりした。Airbnbを使っているので、その度に新しい人とコミュニケーションをとるのも疲れてきてしまっていた。英語そんなわからんし。

さらに、自分は昔からヨーロッパに強い憧れがあった。あの素敵な街並みの街で暮らしたらどんなに素敵なんだろうと思いながら生きてきたが、いざ暮らしてみると10日経たずに飽きてしまった。確かに綺麗で素敵だし定期的に行きたいが、あれほど憧れた街並みは永遠ではなかった。

食に関しても、自分はめんどくさくて全く自炊をしなかったので、イタリアでは10日間くらい連続でピザばっか食べて見るのも嫌なほど飽きてしまったし、北欧の外食は安くても2000~3000円くらいするのに対して美味しくなかったりして、結構きつかった。後半は何も食べたくなくてバナナとチョコとマックばっか食べててめちゃくちゃ痩せた笑 自炊すればいいんだけどね。めんどくさいよね

もちろんいい事の方がたくさんあって一生忘れられない思い出ができたが、「世界中旅しながら仕事をする」という漠然とした願いは、完全に無くなった。成仏した。やってみてそれは自分に合ってないと感じたし、この1年で100%満足した。もう二度としなくていい。

もし海外に行くなら、10日未満で行って日本に帰ってくるだとか、逆に同じ拠点で1ヶ月以上暮らすとか、そういった付き合い方が自分に合っているということが身をもって実感できた。もしくは完全に仕事をしないニート状態で旅したら、また違ったのかもしれない。

ただ、もし自分がこれをやってみていなかったら、今でも「世界中旅しながら仕事をしたらどんなに素敵だろう?」と夢焦がれているだろうし、ヨーロッパにも強い憧れは残ったままだったと思う。そして、こういった想いというのは年々呪いのように強くなり、極端な話し、死ぬまで残り続けると思う。死ぬ前にそんな無念を抱いて死ぬなんて嫌だ。できる限り解消しておきたい。なのでどこかで、試しにやってみてその気持ちを成仏させないと、一生付きまとい苦しめられてしまう。それをやった人生とやらなかった人生で、どちらも絶対に幸せなはずなのに、後悔してしまうかもしれない。

そうなりたくないのであれば、願うことは、絶対にやってみた方がいいと思う。上手くいかないできないとしても、軽く片足を突っ込んでみるとか。というか、それをやらないで、何が生きるということなんだろうか。

なかなか疲れるし難しいけどね。緩くでも少しずつやっていこう。

寂しかった

海外にいたときは、もうめちゃくちゃ寂しかった笑 認めたくはないが、自分は一人で田舎で隠居みたいな生活は耐えられないと思う。言葉もちゃんと通じない国で、一ヶ月以上一人でいるのはしんどい。お昼も夜ご飯もずっと一人で壮大な景色や感動した出来事があっても誰とも共有ができないのは、思ったよりもきつかった。誕生日にマレーシアの小さな島でパラシューティングして綺麗だけどめちゃくちゃ怖くて叫んでいた時とか、地上に降りた時にすごい虚しくなった。ドラゴンみたいな野生のでかすぎるトカゲが居て「うおおおお」ってなっても一人。寂しさと承認欲求でインスタのストーリーに初めて投稿しちゃったよ笑 恋人や友達に会いたかった。

でも、こういう時間も大事だと思う。一人でいるからこそ、じっと自分のことを考えられたり、知らなかった新しい自分の一面が見つかったりする。自分だけの思い出が増えていくのも、それはそれでいい部分もあるよね。

一人の時間を無傷で過ごせない人は、結果他人に依存せざるを得なくなってしまい、それは他人に自分の人生の幸せを委ねることになる。それほど危険なことはないので、ちゃんと自分一人でも幸せを完結したい。その上で誰かと一緒にいたら尚のことハッピーなのが一番いいよね。

北欧の街が良すぎた

夏の北欧が良すぎた。自分の将来移住したい場所ランキングは1位スイス,2位奄美大島,3位北鎌倉だったのだけど、北欧がトップになったかも。冬はわからないけど。

初めてフィンランドのヘルシンキについたときは、その素敵な街並みに思わずスキップしてしまった。スウェーデンのストックホルムは、北欧のヴェンチアと言われるだけあって街中に運河が流れてて御伽の国みたいだったし、ノルウェー北部のフィヨルドは地球にこんなに水があるだなんて感動した。

中でも、フィンランドからヘルシンキに行く18時間の船旅は本当に綺麗で感動した。みんな超楽しそうでお酒飲んでて。住むには物価も高すぎるしきっと冬は日照時間が短いからしんどくなりそうだけど、定期的に遊びに行きたい。

みんな優しくてハッピー

いろいろなトラブルがあったけど、その度にたくさんの人に助けられた。一生忘れないために覚えている限り書いていく。

  • コペンハーゲンで現金がなかったときにチーズバーガーを奢ってくれたお兄さん
  • ヘルシンキでバスのチケットをくれたお兄さん
  • コペンハーゲンで彼女と別れそうな時に一緒にお酒を飲もうといってくれたお姉さん
  • ローマで宿にチェックインできなくて入り口で座ってたら助けてくれてくれた二人組のお姉さん
  • コペンハーゲンでバスが来なくて待ってたら、別のバス停に案内して空港までずっと気にかけてくれてたおじさん
  • ストックホルムでいつもカモミールティやシナモンロールをくれたり赤い毛糸の靴下を貸してくれたおばさま
  • マレーシアでバスに乗れなくて一日一緒に観光したバルセロナ出身のおばさま
  • ローマの宿で、コロッセオのチケットを一緒に手配してくれたりしたおじさん
  • ノルウェーのベルゲンの宿で朝ご飯を作ってくれたインド人のお兄さん
  • タイのプーケットで気さくに話しかけてくれたお兄さん
  • ローマの毎日通っていたカフェで仲良くなったお兄さん

一生忘れないで、自分がされた分、同じように他の人にも優しくできたらと思う。

物を所有できない悲しさ

自分は元々服や家具が大好きなのだけど、ホームレス期間の1年間は服はちょくちょく買っていたが、家具を全く買えなかった。自分の好きな趣味を1つ失った感覚だったし、なんで我慢しているんだろうという不満にもなっていった。せっかくいろいろなところで雑貨や家具屋には行くのに、何も買えなかったのは悲しかったな。特に北欧の家具は素敵だったから、また行きたい。

その反動で、家を借りてから散財しまくっている。最高に楽しい。このお金を投資に回したらもっと金銭面では余裕が出てくるんだろうけど、欲しいのだから仕方ないよね。

 

書くの疲れて来たからもう終わり。

次は人間関係や仕事について思うことが色々あるので書こう。2024年中には…

 

 

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